アーティストステートメント(抜粋)
今回の展示は、誰かがどこかで撮影してきた写真をプリントし、それを被写体として撮影した画像を中心に構成しています。
世界を任意の形で切り取ったり、記憶したりするということは、対象に一旦別の「名前」を与えるということです。
私たちは「関係」や「もの」それ自体を認識し、そのまま脳内に保存しておくことはできません。そのため、私たちはそれらに名前を与えて記憶します。名前は世界を情報に変換・圧縮して記憶し、そして再び思い出すために欠かせないものですが、その一方でそれが本当は一体何であったのか忘れるためにも非常に便利にできています。そのせいで様々なことを憶え/思い出し/忘れる中で、誰かから聞いた他人の経験を自分の体験として記憶してしまったり、つき続けた嘘がいつのまにか事実とすり替わってしまったりすることがよく起こります。
回想したり物語を読んだりするということは、世界を絶えず違った名前で保存し続け、私の/誰かの過去を新たな現在形で生き直し続けることだと言えるのかもしれません。
ところで、東京の小さな町にあるアトリエでこうしてパソコンの前に座っている私にとって、これはまったくおかしな話なのですが、私は朝一番の便で日本に帰ります。友人とは深夜バスで空港まで一緒に来て、発着所で別れました。友人はもうしばらくこの町に滞在して、夏が過ぎたらロシアへ向かうそうです。バイカル湖の底には雉が沈んでいて、冬に湖が凍ると透明度の高い氷の中に雉が凍っているのが見えるらしいのですが、夏の間は水面が光で揺れているせいで雉は見えないのだと言っていました。
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